私が子供の頃、父親と喧嘩して家出したふりをしたことがある。
北海道七飯町の山林で5月28日に置き去りにされ、行方不明になった田野岡大和君(7)が6日ぶりに保護されたニュース、無事でとてもホッとした。
行き過ぎたしつけの原因というのが大和君が人や車に石を投げたからだと父親が説明している。
その件に関しては、大和君は石を投げつけた人や車の持ち主に謝ったほうがいいと思う。
しかし、置き去りにした父親に謝る必要はないと私は思うのだ。
大和君が行方不明になった理由や、お父さんに「許す」と言う心理がなんとなくわかる。
子供が意図的に行方不明になる理由。それは私が過去によく使った親の愛情を確認する手段だった。
親の嘘や矛盾を子供は見ている
私は父とよく喧嘩した。理由は父親の「自分が言う事は絶対で全て正しい」という考え方に反感を覚えることが多かったからだ。
全然完璧じゃないくせに完璧振ろうとする父の嘘くささや矛盾を見つけると腹が立ったし、無駄と思えるルールを押しつけられるのも嫌いだった。
例えば鍋をすると父は私の器に白菜と人参ばかり入れてくる。父は栄養があるからだと言っていたが私はお肉が食べたかった。
後から父は人参が嫌いという事実を母から知った時、私の体を思うふりをして結局自分が人参を食べたくなくて私に押し付けただけかと腹が立った。
素直に「人参が食べられないから食べて欲しい」と言って欲しかった。
男兄弟の中で唯一の1人娘だったから、兄と弟は手伝いをしなくていいのに私は女だから母を手伝えといったり、私だけ女だから正座してごはんを食べろと言われるのにも納得がいかなかった。
兄弟全員平等に接して欲しかった。
まぁ今となってはどうでもいいことなのだが、子供という小さな世界で、父の理不尽な行動や言動は由々しき問題だった。父は家族の中で絶対的存在で、歯向かうのは私しかいない。母も兄も弟もみんな無駄な争いを嫌う性格だから父の前ではイエスマンだった。
大人と子供は対等に喧嘩できない
喧嘩のきっかけはほとんど覚えていないが、喧嘩になると父は決まって私にこう言った。
- 「これは俺の家だ」
- 「俺の給料でお前は食べさせてやっている」
- 「文句があるなら出て行け」
大人にはたくさん武器がある。お金や力や屁理屈で子供の常に上に立っている。
子供には威張れる武器は何もない。それがとても悔しかった。
喧嘩というステージで父にはハンデがあり過ぎて対等に喧嘩できないのだ。
子供である私がただ一つ抵抗する手段があるとしたら文句があるから言われた通り家を出て行ってやる事しかない。
目的は父に私の安否を心配させ、自分で吐いた心ない言葉を後悔させるためだ。
この行為は自分が親に愛されている自信がなければできない。
親にとって自分は大切な存在だという自信があるからこそ、いなくなって後悔させてやるのだと思っていた。これは根っこで自分の親なら私を絶対に探してくれると信頼していた。
親が子供に出て行けと言ったり、置いていくと言う目的は子供への優位性を誇示するためだ。
子供に「自分は要らない子なのか」と不安にさせ、「言うこと聞くからそんな事言わないで」と謝らせたいのだろう。
子供ながらにその目的が解っていたから余計に腹が立った。
家出をした後の父の行動
喧嘩をしたのは夕飯後の時間だった。
父がトイレに行って母が洗い物をしてる隙をつき、家を出て行く事にした。ノープランだからもちろん手ぶらだ。
外は真っ暗だったから外を出歩くのが怖くなってきた。
でも親を後悔させる為に私は行方不明にならなくてはいけないという使命感だけがあった。
私は庭にある犬小屋に隠れる事にした。犬には黙っているように説得し、中に入って体育座りになり、家の中の様子に耳を澄ました。
トイレから戻ってきた父が私がいなくなっていることに気付いて「おい。きなこどこ行った?」母にたずねた。
「知らない。洗い物してたし」と母は答えると、2人で家の中を私の名前を呼びながら探し始めた。
母が「お父さんが出てけとかいうから外出て行ったんじゃない?」と言うと父は靴を履いてダッシュで家の外に出てきた。
「きなこー!どこや!きなこ〜!」
想像以上に必死な様子に吹き出すのをこらえた。さっきまであんなに偉そうに出て行けと言ったのにどうして大人は嘘をつくんだろうと不思議に思った。
庭を探し始めたので息を殺して動きを止めた。今見つかるわけにはいかない。これは父を心配させるためのミッションだ。中途半端に早く見つかればゲンコツという制裁が待っている。
父は家の前を行ったり来たりしながら私の名前を叫び続けた。普段、世間体を気にする父が近所中に聞こえる声で私の名前を叫びながら走り回っている。その姿は本当にかっこ悪かった。
その姿を見ていると、もしかして自分は本当に要らない子なのかという少しの不安が消えていくのを感じた。
完璧を装う父がかっこ悪く焦るほど嬉しかった。気がつくと父が私の名前を呼び続ける声を聞きながら泣いていた。それは自分がちゃんと愛されていたんだという安堵の涙だった。
子供が親に反発する理由
父にとって私は言う事を聞かず、痛い矛盾をついてくる嫌な子供だったのかもしれない。だから出て行けという理不尽な言葉でしか言う事を聞かせる術が思いつかなかったのだろう。
私は父に完璧を求めてはいないし、完璧でないから言う事を聞かないと言う事はない。
父が子供だからと嘘でごまかしたり、上から理論や権力で押さえ込もうとするから反発していたのだ。
父は公園に走って行った。私は父を観察するのにも飽きたので家の中に戻ると母が「あらお父さん探してたのに…苺食べる?」と目の前に私の好物を出してくれた。私は座って何事もなかったかのように苺を食べた。
苺を食べ終えると父が帰ってきた。「きなこ…お前いつ帰って来たんや…」ゼェゼェと息を切らして私に問いかけてきたが無視してやった。
ゲンコツしたらまた出て行くつもりでいたが、母が「さっきお父さんとすれ違いで帰ってきたよ」と私の代わりに答えた。父はそうか…と言うと座って新聞を読み始めた。
父も私もお互い謝らなかったが、父は私が無事でホッとしただろうし、私は父のかっこ悪い姿が見れたのでそれでよかった。
まとめ
この時の私は父に心配させて悪いことをしたなんて微塵も思っていない。
自分が出て行けと言った結果だから自業自得だと思っていた。
このような子供と上手く付き合う方法は、子供ではなく大人として対等に話し合う事だ。力で抑えこもうとすると反発しかしない。
負けず嫌いな子供であるほど、自分に力がない事で大人に威張られるのはとても悔しいのだ。
私は親に子供だからと嘘はつかないで欲しかったし、大声で怒鳴って誤魔化そうとしないでほしかった。
私のような子供はとても面倒くさいと思う。今となっては両親は今まで私をよく見捨てなかったなと感謝している。